ムク」
その時、また同じく三保の松原の方から風を切って飛んで来る旅人。その旅人を見ると、ムクが一声吠えて飛びかかります。
「これ、どうしたんだね、人様に飛びかかって」
お君は身を以てムクの前に立ち塞がる。その隙《すき》を見て旅人は、燕のように急速力で駈け抜けてしまう。これはすなわち七兵衛。
ムクの力として、お君の抑《おさ》えた手を振り切るのは雑作《ぞうさ》はあるまいが、それでも抑えられた手が主人の手と思ってか、身振《みぶる》いをしつつ七兵衛の駈けて行ったあとを睨んで立っていました。
「なんでお前は、そんなに見ず知らずの人を吠えるのです、今までそんなことはなかったじゃありませんか」
ムクを促《うなが》して立とうとすると、
「三保の松原で大喧嘩《おおげんか》がある、早く行って見ろ」
街道で物騒《ものさわ》がしい声。
喧嘩喧嘩、という人波と一緒に、お君はムクに引かれて三保の松原へと来てしまいました。
「ムクや、危ないから、あまり近くへ行ってはいけないよ」
そう言いながらも、お君は逸《はや》るムク犬に連れられて人混みの中へ行く。
八
ムクが逸るから、それに
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