》なくなるにつれて心細さが増してきました。
 ちょうどその時分、東がようやく白《しら》んで、いずこの里かで鶏の鳴くのが聞えました。空の明るくなることは、人の心をも明るい方へ持って行く、鶏の鳴く音は、人里懐しい響を伝えるので、お君も気が引立ちました。そうしていま眼の前へ出た広い道を取って一里ほど行って、とある百姓家の裏で水を汲んでいた百姓のおかみさんに、
「もしもし、あの、掛川へ行くには、この道を行ってよろしゅうございましょうか」
 お君がたずねると、水汲み女房は訝《いぶか》しそうな眼をして、
「掛川へおいでなさる? そりゃ違いますよ、掛川へ行くには、これから一里ほど戻って街道がありますから、それを真直ぐに行くのですよ」
 こう教えられてお君はガッカリしました。それでは最初きた道を真直ぐに行けばよいのであったものを。といって、これからまた一里の道を引返す勇気は更にありません。
「そうでございますか、どうも有難うございます、そうして、この道を行けばどこへ出るのでございましょう」
「この道を行けばお前さん、中泉《なかいずみ》の宿の方へ出てしまいますよ、掛川は東、中泉は西ですから、まるっきり方
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