はない、お君の苦痛を救うには願い通りに船から卸して、土を踏ませるに越したことはないのです。そこでちょうど、船頭のなかに知合いのものがあって、遠州の三浜《みはま》というところへ船をつけて、そこで一行からお君だけを卸してしまったのであります。船から卸して、そこの漁師の家で暫らく保養をさせておいて、ほかの連中は先を急ぐのですから、後日を約して、ここでひとまず袂を別《わか》つことになりました。
「お君さん、それではお大切《だいじ》になさいまし、私共はひとまず駿河の清水港というところへ船やどりをすることになっていますから、そこからお迎えをよこします故、どうか安心して待っていて下さい」
お松はこう言って慰めました。それを頼りにしてお松とお君とは、泣きの涙でしばしの別れを惜しんだのであります。
僅かの間でしたけれども、二人は姉妹のような仲になっていたのでした。
海で悩んだ病気は陸《おか》へ上ると、横着者《おうちゃくもの》みたように癒《なお》ってしまいました。二日も床に親しんだお君は、もうほとんど常の身体《からだ》と言ってもよいくらいになってしまいました。
厄介になっている漁師夫婦、べつだん
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