警衛の役人が米友の横面《よこつら》をピシャリと一つ撲《なぐ》りました。
「おや、撲ったな」
 さあ米友が承知しない、両の腕に力を籠《こ》めてうんと振りもぎると、押さえていた二三人がよろよろとよろけて手を放す。
「ナゼ俺《おい》らを打《ぶ》った!」
 米友はそこいらにいるのを二三人まとめて抛《ほう》り投げてしまって、お堂の欄干の上へ飛び上りました。
「それ荒《あば》れ出した、怪我をするな」
 六尺棒だとか、刺棒《さすぼう》、突叉《つくまた》なんという飾り道具を持ち出して、米友を押えようという騒ぎになってしまいました。
「どうして俺らはこんなに人に間違えられるんだ、悪いことをしねえのに悪者にしてしまやがる、ほんとに口惜《くや》しいなあ」
 ほんとに口惜しい、米友は無邪気で痛烈な歯噛《はが》みをする、米友の身にとればほんとに口惜しいに違いないのです。
「仕方がねえから逃げちまえ」
 逃げちまえといっても、下へは逃げられない、本堂は人がいっぱい。
「和尚様」
 米友は素早《すばや》く人の中を潜《くぐ》り抜け、人の頭を飛び越すようにして遊行上人の膝のところへ来てかじりつきました。
「和尚様、
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