めて出直しなさい、今日はお札は上げられぬ」
 その男は苦《にが》い面をして恐れ入りました。
「そらごらんなさい、あれは中の町で松屋といって、饑饉年《ききんどし》から太らせた米屋だ、心を改めて出直しなさいと言われっちまった、そうなくちゃあならねえ」
「えらいもんですな、上人様がなにもこの土地に居ついておいでなさるわけじゃなし、当人がそれを喋《しゃべ》るわけじゃなし、それでちゃあんと掌《てのひら》を指すように言い当てておしまいなさる、あれが仏眼《ぶつがん》というものでございますな。ああなると神通力《じんずうりき》を得ておいでなさるから、とても外面《うわべ》だけを飾って出たところで仕方がありませんな」
「そうですとも、ああいうところへは馬鹿は馬鹿なりに、悪人は悪人なりに、正《しょう》のまま持って行ってお目にかけるよりほかは仕方がござんせんな」
「どうです、おたがいがまあ、ああ言って人の前でスパスパすっぱぬきをやろうものなら忽《たちま》ち大事が持ち上ってしまいますな、白粉を薄くつけようと厚くつけようと大きなお世話だ、なんて啖呵《たんか》を切られた日には納まりがつきませんな。それをどうです、大勢
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