で、謡《うたい》をうたって、我なまじいに弓馬の家に生れ、世上に隠れなき身とて……中音《ちゅうおん》でうたっておいでなすったが、よく徹《とお》る声でした。わたしも前にあの先生がおいでなさると思うから、一人であんな淋しいところを湯島まで帰る気になったのでございます」
「後ろから来てすれ違ったというのはそりゃ何者」
「それが、頭巾を目深《まぶか》にかぶっていたものだから面《かお》はしかとわかりませんでしたけれど、小腋《こわき》に槍をこう抱《かか》えて、すうっと、わたしを抜いて行く後ろ姿に見覚えがある。名前は申し上げませんが大島流の槍の遣《つか》い手で、やはり旗本のうちの一人なんでございます。はて、あの人が槍を抱えて島田先生のあとを覘《ねら》って行くなと思うと、さきの毒一件から、またわたしの胸が噪《さわ》ぎ出しました」
「…………」
「それとは知らずに島田先生は、跡白河《あとしらかわ》を行く波の、いつ帰るべき旅ならん……ここまで来ると謡の節が立消えて、先生の足許《あしもと》が右の方へよろよろとしました。わたしがハッと思うと、先生のうんと唸《うな》る声、かっ[#「かっ」に傍点]と地面へ何かお吐き
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