を聞いてそれとなく万事の世話をしてくれたものであります。
尺八は持ったけれども別に門附《かどづ》けをして歩くのでもありませんでした。天蓋《てんがい》の中から足許《あしもと》にはよく気をつけて歩いて行くと、それでも三日目に桑名の宿《しゅく》へ着きました。ここから宮まで七里の渡し。
竜之助は、渡しにかかる前に食事をしておこうと思って、とある焼蛤《やきはまぐり》の店先に立寄りました。
名物の焼蛤で飯を食おうとして腰をかけたが、つい気がつかなかった、店の前に犬が一ぴき寝ていました。
大きなムク犬、痩せて眼が光る、蓆《むしろ》を敷いた上に行儀よく両足を揃えて、眼を据えて海の方を見ています。
「これは家の犬か」
「いいえ、まぐれ犬でござんす」
女中がいう。
「それを、お前のところで飼っておくのか」
「そういうわけでもございませんが、ここに居ついて動きませんので」
「そうか、これはなかなかよい犬じゃ、大事にしてやるがよい」
「ほんとによい犬でございます、見たところはずいぶん強そうでございますが、温和《おとな》しい犬で、それで怜悧《りこう》なこと、一度しかられたことは決して二度とは致しません
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