ょうざら》ぐらいありそうなものだ」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は燃えさしの木片《きぎれ》を松明《たいまつ》のようにして本堂の方へ行ってみる、畳の破れへ足がひっかかって転びそうになった途端に、代用の松明が消えかかる。
「おっと危ねえ」
また足を踏み締めて、やっと須弥壇《しゅみだん》の方へ行くと、幸いなことに百匁蝋燭《ひゃくめろうそく》のつけ残りが真鍮《しんちゅう》の高い燭台に残っていたから、
「有難え、南無《なむ》お祖師様」
がんりき[#「がんりき」に傍点]はその蝋燭へ火をつけて帰って来ると、お絹はその光で寺の中を今更のように見廻します。
「それでは、夜具蒲団と、お凌《しの》ぎになるようなものを、そう言っていま持たしてよこしますから」
「どうも御苦労さま」
がんりき[#「がんりき」に傍点]はお絹の横顔を見ながら、扉をガタビシさせて出て行く。あとは寂然《ひっそり》として百匁蝋燭の炎《ほのお》がのんのんと立ちのぼる。
「もし竜之助さん」
お絹は仮睡《うたたね》をしていた竜之助の肩へ手をかけて揺《ゆす》る。
「お起きなさいまし、わたし一人じゃ淋しいから」
「がんりき[#「がんりき」に傍点]は帰ったか」
「いま出て行きました」
竜之助はまた起き直って柱を背にして坐る。
「飛んだところへ引張り込まれてしまいましたねえ」
「法華寺《ほっけでら》だということだが」
「法華だか門徒だか知らないが、こんなに荒れたお寺も珍らしい」
「拙者故に飛んだ御迷惑をかけて相済まぬ」
「どう致しまして、旅は道づれですから、かえってこんなこともあった方が面白いのですよ」
「がんりき[#「がんりき」に傍点]が言うには、明日は無事安全な別道《べつみち》を案内するとのことだ」
「夜が明けさえすれば大丈夫。今あの男が夜具蒲団を届けてくれると言いましたが、とてもこんなところで、帯を解いて寝られやしませんから、ここで焚火をしながら今夜は夜通し語り明かしましょうよ」
「それもよかろうが、少しでも休まぬと身体のために悪かろう、拙者にかまわずお休み下さい」
「なあに、一晩や二晩は寝ないでいたって、苦しいことはありません」
お絹は、慣れない手つきをして、炉のあたりに夥《おびただ》しく積まれた木端《こっぱ》や薪を取って火の中へくべました。
柱に凭《もた》れて、うつらうつらとしている竜之助の面色《かおい
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