いますが」
「これが……」
与兵衛はお玉の手から手紙を受取って、
「それは御苦労様でございます、どうか少しお待ちなすって。その火の傍で少しの間、待っていておくんなさいまし」
与兵衛はその手紙を持って、家の内と外とを気遣《きづか》うように見廻して、戸を締め切ってしまいました。
被《かぶ》っていた手拭を取って火の傍へ寄った女は、間《あい》の山《やま》のお玉であります。
お玉は仕事場の中へ入って炉の傍へ寄って、いま出て行った老爺《おやじ》の帰るのを一人で待たされていました。焚火の光で、丸太を組み渡した高い天井が白い蛇の這《は》っているように見えました。光の届かない家の四隅は真暗で、外で千鳥の啼《な》く声が淋しい。
「いやどうも、お待遠さま」
ようやくに裏口の戸をあけて与兵衛の帰って来たのを見て、お玉はホッと息をつきました。
「おや、お前さんは間の山のお玉さんじゃねえか」
与兵衛は今になって、それがお玉であることに気がついたのです。
「ええ、そうでございます」
お玉は恥かしそう。
「こりゃ、お見外《みそ》れ申したというものだ」
与兵衛は、しげしげとお玉を見て、
「お前はお尋ね者
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