槍を上段につけたまま兵馬が一歩進むと米友が一歩退く。
 一歩一歩と兵馬は追い詰めて行く、米友は一歩一歩とさがって行く、ムクもそれにつれてジリジリと米友並みにさがる。
 兵馬に米友を突くつもりのないことはわかっている。兵馬はただこうして一歩一歩と米友を追いつめてさえおれば、ついに彼は窮して槍を投げ出すものと思っているらしい。それだから兵馬は、いつも上段の位を換えずに極めて少しずつ追い込んで行く。
 米友は猿のような眼をクルクルと廻して、歯を噛みならして、色は真赤になる。突き出すこともできず、払いのけることもできず、焦《じ》れてウォーウォーと叫ぶ。米友の陣立てが悪い時、それを補うのがムクの役目でなければならぬ。それが米友並みに一足ずつ引いて行ったのではムクらしくもない。気を見ることを知っているムクは、兵馬の槍先がたとえ米友の咽喉へ向いていたからにしたところで、そこで固まってしまう槍でないことを知っている。変化の働きを怖るればこそ、同じように引いて行くのではあるまいか。或いはまた、兵馬に米友を突くの心なしと見て取って、ワザと後《おく》れているのではあるまいか。
 しかしながら米友は脂汗《あぶ
前へ 次へ
全148ページ中67ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング