クと鳴いているのであります。
「かまあねえから突っついて食ってしまえ、食ってしまえ」
竿の先を巾《きれ》で拭いているところを見ると、二寸ばかりの鋭利なる穂先が菱《ひし》のように立てられてあるのでありました。
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それを殿御が聞きつけて
留まれ留まれと袖を曳く
[#ここで字下げ終わり]
これがこの先生の得意の鼻歌であると覚《おぼ》しく、前にもこれを歌っていたが、
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それで留まらぬものならば
馬を追い出せ弥太郎殿……
[#ここで字下げ終わり]
この時、裏手の方で、
「米友《よねとも》さん、米友さん、家にいるの、よう米友さん」
息を切った女の子の声。
「誰だい、玉ちゃんかい」
「米友さん」
この子供のような年寄のような壮者《わかもの》のような奇妙な男の名は米友というのでありました。そこへ駈け込んで来たのは、今なにもかも夢中で我が家を逃げ出して来たお玉であります。
「どうしたんだい、玉ちゃん、跣足《はだし》で、息を切って。唇の色まで変ってらあ」
「米友さん、大変なんだよ、大変が出来たんだから、わたしを隠して下さい」
「大変というのは、いったい
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