かって――そんなこと、そんなことのあるべきはずがない、天地が逆《さか》さになったとて」
兵馬の舌がおのずから縺《もつ》れる。
「それほどわたしの言うことを御信用なさらないのなら、それでようございます、もう何も申し上げますまい。なるほど、島田先生は人手にかかるお方ではない、今の世に尋常であの先生を手にかけるような手利《てきき》はないにきまっている、それはあなたのおっしゃるまでもないこと、誰でも知っていますけれど、なにも刃物ばかりが人手ではなし……」
「そんならどうして先生が」
「毒ですよ、島田虎之助先生は毒を盛られておなくなりになりました」
「毒?」
兵馬の渾身《こんしん》の血が逆流するかと見えました。
「それだけお話し申し上げたら、もうわたしの役目も済みました、それではこれでお暇を致しましょう」
「ま、待って、もう暫く」
攻守勢いを異にしてしまい、兵馬はお絹の袖を捉《とら》えてはなさないのでありました。
「わたしのお呼立てしたことが、真剣でしたことか浮気でしたことか、それがおわかりになれば、わたしはもうお暇を致します」
「よく教えて下された、嘘《うそ》か真《まこと》か、そのような
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