て、自分は身を飜して一散にもと来た方へ走《は》せ出しました。七兵衛に打たれて後ろへ飛び退いたムクは、起き直るや、驀然《まっしぐら》に七兵衛の跡を逐《お》いかけます。
気の毒な米友は、この騒ぎのうちに隠ヶ岡から地獄谷へ突き落されてしまい、役人も非人《ひにん》も刑の執行を済まして、今ゾロゾロと山を下って帰って来るところであります。
十八
道庵先生は宿屋をうろつき出してしまいました。どうして、先生の気象《きしょう》でじっとしていられるものではありません。
それにお絹の宿屋で上等の酒を飲ませられたものだから、有頂天《うちょうてん》になってしまって、ひょろひょろと宿を出かけました。
ただ好い心持で歩くのですから、どこへどう行くかわかったものではありません。そのうちに人家を離れて、河沿いの堤《どて》みたようなところへ来ると、グンニャリとそこへ倒れてしまいました。
倒れたきりで仰向けに臥《ね》て酔眼《すいがん》をトロリと見開いて見ると、夜気|爽《さわや》かにして洗うが如きうちに、星斗《せいと》闌干《らんかん》として天に満つるの有様ですから、道庵先生、ズッと気象が大きく
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