、
「こいつには困った、まだまだ俺もここいらで年貢《ねんぐ》を納めたくはねえのだが……」
七兵衛がこうして隠ヶ岡の下まで来ると、不意に一頭の猛犬が現われて烈しく吠えかかりました。
「叱《し》ッ、叱ッ」
石を拾って打とうとするとその手許《てもと》へ犬が飛んで来ます。
ムク犬は、どこをどうして来たか、ゲッソリと痩《や》せていました。飛びかかる足許さえ危ないくらいに痩せていましたけれども、猛犬はやはり猛犬でありました。
「叱ッ、叱ッ」
七兵衛は先を急ぐことがあるのであります。落ちていた竹の棒を拾って一打ちと振りかぶると、犬はその手へスーッと飛んで来ました。あぶない、その手を渡って来て肩先へ噛みついた――七兵衛が少しく身をかわしたから、ムクの歯は七兵衛の肉へは透《とお》らないで、七兵衛の合羽《かっぱ》の上を食い破ってしまいました。
「こん畜生、狂犬《やまいぬ》だな」
七兵衛は合羽へ食いついた犬の首を抱えるようにして、力任せに後ろへ取って捨てる、痩せて弱っていた猛犬は七兵衛に後ろへ取って捨てられて※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と倒れたが、クルリと起き上って、二三
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