ねえ、なんぼ拙《せつ》が仙公にしたところで、お打《ぶ》ちなさるのは酷《ひど》うげすな」
 仙公は頭を抑《おさ》えて不平を言う。
「打ったがどうした、十八文は俺の看板だ、その看板を情けねえの、あたじけ[#「あたじけ」に傍点]ねえのケチを附けやがって、太《ふて》え野郎だ」
 道庵先生はプンプン憤《おこ》っています。
「そりゃあね、先生、なるほど先生は薬礼を十八文ときめてお置きなさる、それは結構なことでございます、そりゃあまあ、それでようございます、ようございますけれども、なにも旅へ出てでございますな、そこでやたらに十八文十八文とおっしゃって、拙《せつ》に冷汗《ひやあせ》をおかかせなさるには当るまいじゃあございませんか。それもまあようござんす、拙がひとり胸に納めていりゃあ、それで世間の人は何も知りませんや、そう思って無念を怺《こら》えて忍んでおりますといい気になって、提灯へまで十八文と書いて、それを昼日中、持って歩けというのは、なんぼなんでもあまり情けねえじゃあござんせんか。いくら旅の恥は掻捨てだと申しましても、それじゃあどうも泣きたくなりますなあ」
「馬鹿野郎、ドコまで馬鹿だか、貴様の馬鹿
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