て来るのでありました。それは物をくれるから好い人に見え、くれないからどうというような心ではなく、真底《しんそこ》のどこにか人の情の温か味というものがこの冷たい人の血肉の間にも潜《ひそ》んでいて、それが一本の簪を伝うて流れるそのしおらしさがお玉の胸を突いて、なんということなしにお玉は歔欷《しゃく》りあげるほどに動かされてしまったのでありました。そうしてみると、盲目《めくら》になったこの薄情な人、杖も柱もなく置かれて行くこの冷たい人が憎らしくて、そうしてかわいそうであります。
「どうも有難うございます」
「泣いているのか」
「泣けてしまいました、つい、泣けてしまいました」
「なに……何が悲しい」
「なにかしら悲しくてなりませぬ」
「別に悲しいこともなかろうものを」
「御免下さいまし」
 お玉は、よよとしてそこへ泣き倒れてしまいました。
 泣いて泣いて、暫らくは口が利《き》けませんでした。竜之助は冷然として燈火《ともしび》に顔をそむけて、お玉の泣くのに任せておきました。ただ所在なげなのは、その手にもてあました平打の簪《かんざし》ばかりでありました。
 竜之助がはじめて京都へ上る時に、同じこの
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