れたと同じことで、その余徳のうるおいは蓋《けだ》し莫大《ばくだい》なもので、伊勢は津で持つというけれども、神宮で持つという方が、名聞《みょうもん》にも事実にも叶《かな》うものでありましょう。
 伊勢の人は斯様《かよう》な光栄ある土地に住んでおりながら、どうしたものか「伊勢乞食」というロクでもない渾名《あだな》をつけられていることは甚だ惜しいことであります。
「伊勢乞食」という渾名がどこから出たか、それにはいろいろの説があります。第一、参宮の道者《どうじゃ》をあてこんで、街道の到るところに乞食が多いからだという説もあります。また、伊勢人は一体に物に倹《つま》しく、貨殖の道が上手《じょうず》なところから、嫉《ねた》み半分にこんな悪名をかぶらせたのだという説もあります。また、文化のころ世を去った古市|寂照寺《じゃくしょうじ》の住職で乞食月僊《こじきげっせん》という奇僧があって、金さえもらえば芸妓の腰巻にまで絵を描いたというその月僊和尚の、世間から受けた悪名をそのまま伊勢人全体の上へ持って行ったのだという説もあります。
 そんなことはどうでもよろしいが、伊勢の国に乞食の多いことは争われないので
前へ 次へ
全148ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング