で口が大きい、額《ひたい》には仔細《しさい》らしく三筋ばかりの皺《しわ》が畳んである。といって年寄ではない、隆々とした筋肉、鉄片を叩きつけたように締って、神将の名作を型にとって小さくした骨格。全体の釣合いからいえばよく整うていて不具ではないが、柄を見れば子供、面を見れば老人、肉を見れば錚々《そうそう》たる壮俊《わかもの》。
 ことにおかしいのはその頭で、茶筅《ちゃせん》を頭の真中で五寸ばかり押立《おった》てている恰好《かっこう》たらない。
「こん畜生」
 いきなり手に持っていた長い竿を秋草の植込の中へ突っ込んで引き出すと、その先へ田楽刺《でんがくざ》しに刺された黒いもの。
「ざまあ見ろ」
 揚々としてその竿を手元に繰り込んで来ると、その竿の先に田楽刺しになった黒い物は一疋の鼬《いたち》でありました。焼鳥を串《くし》から引っこぬくように、鼬を竿の先から抜き取って、それを地面《じびた》へ叩きつけると、屋根の上へ飛び上った鶏がホッと安心したように下りて来て、いま自分たちを襲うた強敵が脆《もろ》くも無惨な最期《さいご》を遂げたことを弔《とむら》うかのように鼬の屍骸《しがい》を遠くから廻って、ククと鳴いているのであります。
「かまあねえから突っついて食ってしまえ、食ってしまえ」
 竿の先を巾《きれ》で拭いているところを見ると、二寸ばかりの鋭利なる穂先が菱《ひし》のように立てられてあるのでありました。
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それを殿御が聞きつけて
留まれ留まれと袖を曳く
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 これがこの先生の得意の鼻歌であると覚《おぼ》しく、前にもこれを歌っていたが、
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それで留まらぬものならば
馬を追い出せ弥太郎殿……
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 この時、裏手の方で、
「米友《よねとも》さん、米友さん、家にいるの、よう米友さん」
 息を切った女の子の声。
「誰だい、玉ちゃんかい」
「米友さん」
 この子供のような年寄のような壮者《わかもの》のような奇妙な男の名は米友というのでありました。そこへ駈け込んで来たのは、今なにもかも夢中で我が家を逃げ出して来たお玉であります。
「どうしたんだい、玉ちゃん、跣足《はだし》で、息を切って。唇の色まで変ってらあ」
「米友さん、大変なんだよ、大変が出来たんだから、わたしを隠して下さい」
「大変というのは、いったい
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