どうしたんだい」
「わたしは何も悪いことをした覚えはないのに、お役人が来てわたしを捉《つか》まえて行こうとするもんだから、わたしは一生けんめい逃げて来たの」
「玉ちゃんを役人が捉まえるって? おかしいなあ、何かの間違いなんだろう」
「間違いなんだよ」
「何の間違いだろう」
「何だか、それがわかるくらいなら間違やしない、こうしている間にも追蒐《おいか》けて来るかも知れないから、早く隠して下さいよう」
「ここへ来れば大丈夫だよ、お前あの戸棚へ入っていれば、俺がここで仕事をしている、役人が来ても知らないと言うよ」
「早く、それでは戸棚へ入れておくれ」
「まだいいよ、足音が聞えてからでいいよ」
「だってお前」
「もし役人がぐずぐず言えば、この竿で嚇《おど》かしてやらあ」
「だってお前、役人に手向いしちゃ悪いよ」
「ナニ、嚇すだけだからいいよ。そりゃそうと玉ちゃん、ムクはどうしたんだえ、ムクが付いているはずじゃないか、お前が役人に捉まろうとする時にムクは黙っていたかえ」
「ムク?」
 ムク、ああそうだ。
「米友さん、ムクを助けて来て下さい、早くムクを助けて下さい、ムクは殺されてしまいます、早く」
「ムクはお前の捉まりそうな時に、やっぱり家にいたのかい」
「ムクがお役人に噛みついている間に、わたしはここまで逃げて来たのよ、ムクのおかげでわたしは助かったのだから、お前さん早くムクを助けてやって下さい」
「よし、それじゃあ、ムクを助けに行ってやろう。玉ちゃん、お前はこの戸棚の中に隠れておいで」
「米友さん、怪我をしないようにして下さいよ、お役人に手向いなんぞをしないようにさ、そうしてムクだけを助けて来て下さい」
「大丈夫だよ、安心して隠れておいで、怪我をしねえように働いて、お役人にも怪我をさせねえようにして、ムクも怪我をさせねえでつれて来るから」
「どうぞ頼みますよ」
 米友は、鼬《いたち》を突いた竿を手に取ってその穂先の鋭いところへ、柱にかけてあった五色の網の袋を差し込んで、それを小腋《こわき》にすると、とっとと表へ飛び出しました。

         九

 お杉お玉らは間の山へ出て客を呼ぶ、米友は宇治橋の下に立って客を呼んで銭《ぜに》を乞う。お杉お玉は三味線の撥《ばち》で客の投げた銭を受ける、米友はいま持っていた竿、竿の先の五色の網の袋で客の投げた銭を受け止めるのが商売で、そ
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