く道で、
「米友が来る、米友が来る」
 宇治山田の町では、縛られて通る米友を見ようとて道の両側へ真黒に人立ちがしました。
 米友はこれから隠ヶ岡というのへ引っぱられ、お仕置に会うのであります。
 宇治山田の神領では血を見ることを忌《い》むから、刑罰の人を殺すには刃《やいば》を用いないで、隠ヶ岡から地獄谷というのへ突き落してしまうのが掟《おきて》でありました。
 引かれて行く米友を見物している町の人々のうちには、それを気味悪く思っているのもありました。たぶん冤罪《えんざい》であろうとひそかに同情を寄せているのもありました。それらの見物の中に一人、旅の姿をした男が笠を傾《かし》げて、人混みの中からとりわけて念を入れて米友の姿を見、それに対する評判を聞いているものがありました。その旅人は一夜に五十里を飛ぶ怪足の七兵衛に相違ありません。
「盗人《ぬすっと》でございますって?」
 七兵衛は自分に最も手近で、そうして最もよく話をしてくれそうな見物人の一人をつかまえてこう尋ねました。
「ええ、盗人でございます」
「何を盗んだので」
「お侍衆のお金と持物をそっくり[#「そっくり」に傍点]」
「どこでやりました」
「古市の備前屋というので」
「備前屋で?」
「お侍衆が音頭《おんど》を見物しておいでになる時に」
「あの男が?」
「左様」
「ほんとうに、あの男がやったのでございますかね」
「証拠があるんでございます」
「その証拠というのは?」
「梨子地《なしじ》の印籠に二十両の金」
「はてな」
「あいつのほかに相手が一人あるんでございます」
「相手というのは?」
「それは女でございますよ」
「女?」
「間の山へ出ていたお玉という女」
「へえ、そりゃ……」
「それで女の方は捉《つか》まらず、あいつだけが捉まったので」
「それで、なんでございますか、もう白状したのでございますか」
「剛情者ですから白状しないんでございます、けれども証拠がありますから」
「それで、どうなるんでございます」
「これからお仕置になるんでございます」
「お仕置に?」
「隠ヶ岡というのへ連れて行って、あれから下へ突き落すのでございます」
「は――て」
「こちらは御神領でございますからお仕置にも血を見せないようにして、それで隠ヶ岡から下へ突き落すのでございます」
「は――て」
 七兵衛は過ぎて行く米友の後ろ影を伸び上って
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