拗《しつこ》くなる男であります。飛んでもない、人もあろうに宇津木兵馬は、この男の怨《うら》みの的《まと》となってしまいました。お豊と兵馬とは金蔵の留守の間に不義をした――と思い込んでしまった金蔵の怨みは、もう、誰がなんと言っても解けません。
「覚えてやがれ!」
この二月《ふたつき》ほど真人間《まにんげん》に返って、驚くほど堅気《かたぎ》になり、真黒くなって家業に精を出し、和歌山へ行ったのも宿屋の実地調べで、これからますます家業へ身を入れようとした金蔵の心が、またもがらり[#「がらり」に傍点]と変って、もとの無頼漢になるのです。
兵馬が旅日記を書き終って、いま寝ようとするところへ、金蔵がやって来ました。
「御免下さい」
言葉が荒っぽく、眼の色が血走って立居《たちい》が穏《おだ》やかでない。
「これは、どなたじゃ」
「へえ、金蔵と申しまして、ここの亭主でございます。お初《はつ》に――いや、さっき竜神の石段でお目にかかったのは、たしか、あなた様でございましたな」
「左様、貴殿が御亭主でござったか、留守中お世話になりました」
「時に、あなた様――」
金蔵は眼に角《かど》を立てて、口の
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