、猛《たけ》るような大きな声でこう言い出したので、番頭は、
「何でございます、何をお聞き申すのでございます」
「あの若侍が知っている、お豊の行きどころを知っている」
「あの方がでございますか。あの方がお内儀さんの……」
「知っている、聞いて来い」
 金蔵は、怒鳴《どな》りつけて番頭を立たせました。
 番頭は、何のことだか一向わからないけれど、まあ言われる通りに聞いてみようと、怖る怖る兵馬の部屋をさして出かけて行きます。
「そうだ、それに違いない――」
 金蔵は、ひとりで歯噛みをしています。
「前髪立ちの若衆《わかしゅう》と、三十前の年増《としま》だ……年上の女に可愛がられていい気でいる奴もあれば、ずんと年下の男を滅法界《めっぽうかい》に好く女もあらあ――油断《ゆだん》がなるものか。第一、こちらからお豊のやつが上って行く、上から若侍が下りて来る、ほかに誰がいた、証拠を押えたようなもんだ――お豊を隠しやがったな、あの若いのが」
 金蔵の眼は、みるみる火のように燃えてゆきます。
 金蔵は英雄でも偉人でもないけれど執念深い――執念のためには命を投げ出して悔いない男である。思い込むと蛇のように執
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