した。
「猟師、どこへ行った」
呼んでみたけれども返事がない、一同は少しばかり怪しんだけれども、さして気にも留めず、それから寄ってたかって猪の肉を突く。
「猟師はどこへ行った」
「逃げたかな」
「逃げたようじゃ、逃げて訴人《そにん》でもしおると大事じゃ」
「いいや、訴人したとて恐るるに足らん、藤堂の番所までは六里もあるだろう、ゆるゆる腹を拵《こしら》えて出立する暇は充分」
「よし十人二十人の討手が向うたからとて、かくの如く兵糧《ひょうろう》さえ充分なら、何の怖るることはない」
「とかく戦《いくさ》というものは、腹が減ってはいかん」
「古いけれども、それが動かざる道理」
「それにしても、中山侍従殿には首尾よく目的のところへお落ちなされたかな」
「こころもとないことじゃ」
「十津川を脱《ぬ》けて、あの釈迦《しゃか》ヶ岳《たけ》の裏手から間道《かんどう》を通り、吉野川の上流にあたる和田村というに泊ったのが十九日の夜であった」
「その通り」
「中山殿はじめ、松本奎堂、藤本鉄石、吉村寅太郎の領袖《りょうしゅう》は、あれから宿駕籠《しゅくかご》で鷲家《わしや》村まで行った、それから伊勢路へ走ると
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