っぱいにかがやく。
「与八――郁太郎」
咽喉《のど》が裂けたと思われる時に、夢は覚めた――眠っていた時にありありと見えた人の面が、覚めては見えない。
「誰だ、そこへ来たのは何者だ!」
修験者の地を突《つ》き貫《ぬ》くような叫び。竜之助は何事が起ったのかと思う――誰かこの夜中に、ここへ来たものがあるらしい。雨も風も歇《や》みはしないのに。
十
「誰だい、誰だい――おお痛っ」
金蔵は、しばらく起き上れないで、腰のあたりをさすると、兵馬は丁寧に介抱《かいほう》して、
「お怪我《けが》はないか」
「いや、もう大丈夫。お前さんは……お豊ではなかったね」
起き上れないうちから、もうお豊のことです。
兵馬は傘《かさ》を拾ってやると、金蔵は立ち上って面をしかめ、
「これはどうも――ナニ、もう大丈夫でございます」
お礼もろくろくに述べず、傘を受取ってまたも石段をめがけて上りはじめようとしたが、
「あの、もし、あなた様、この社《やしろ》の中で女の姿をお見かけになりませんでしたか」
「女の姿を?」
「はい、この室町屋の女房のお豊という女を」
「ああ、お豊どのならば」
「は
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