こそ、その護摩壇のうしろでありました。
それを隠しておくのは、かの修験者であります。
「御浪人、眼はどうじゃ、眼は」
窓を隔てた次の間から、修験者は、この世の人でないような声で尋ねてみると、
「うむ、よくない、だんだん悪くなるようじゃ」
机竜之助は、肱《ひじ》を枕に、破れた畳の上に身を横たえて、傍《かたわら》には両刀を置いて、こう答えたが、燭台の光で見ると、例の蒼白い面《かお》がいっそう蒼白く、両眼は閉じて――左の眼のふちにはうっすら[#「うっすら」に傍点]と痣《あざ》がある。
「それはいかん、滝の水で洗うて来たか」
修験者は言う。竜之助は答えて、
「さいぜん、滝まで下って行った、どうやら人がいるようだから、やめにして帰って来た」
「ナニ、人がいた? 滝に人がいたか」
「うむ、一人の女が滝を浴びていた」
「女が? 滝を?」
修験者は言葉をきって、何やら考えているようです。
「修験者殿、雨が降って来たようじゃな」
「左様、雨じゃ」
「なんとなく、木の葉も騒ぐようだ、風も出て来たと見ゆるわ」
「おお、風も出て来た」
しばらく静かであって、室外はポツリポツリと雨の音がする、サーッ
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