ます。
 竜神八所を隈《くま》なく探すというのは容易なことではないが――これより遠くへは落ちられないわけがあるから、兵馬は必ずや、この附近で竜之助を見出し得るものと思うています。
 そうしてかの七兵衛は、お松をつれて近いうち、ここへ来るはずになっていました。
 兵馬は、尋ねあぐんでもなお気を落さない。今宵も、この境内を抜けてみようとするのは気散《きさん》じのためのみではありませんでした。
「お豊、おお、そこにいたか」
といって、いま思案に耽《ふけ》りながら神社の境内を歩いて行く兵馬を、階段の方から呼びかけたものがありました。見れば、旅の風《なり》をした若い町人です。
「おや、これは違いました。はて、お豊はどこへ行ったろう」
 その旅の男は、兵馬を尋ねる人でないと知って、手持無沙汰《てもちぶさた》にあちらへ摺《す》り抜けてしまいます。
 兵馬は、それに拘《かか》わらず、社内の奥をめざして行こうとして、ちょうどかの大師堂の方へ足をはこぶと、その細道から、意外にもまた一つの人影が出て来ました。それは女でありました。
「おや、宇津木様ではござりませぬか」
 女の方から言葉をかけたので、
「おお
前へ 次へ
全85ページ中61ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング