す、その悪者のために、わたしは自由にされているのでございます……口惜《くや》しゅうございます。それはみんな、伯父のためや、植田様のためでございます。わたしが自由にならなければ、あの乱暴者は伯父様や植田様まで鏖殺《みなごろし》にし、三輪の町を焼き亡ぼすと言っているのでございます……竜之助様、どうぞ、人のために忍びきれない恥を忍んでいる私をかわいそうだと思って下さいまし、一目、わたしを見てやって下さい、わたしにも、あなたのお面《かお》を見せて下さいまし」
「見えない、見えない」
竜太郎は面をそむけて、
「拙者の眼は見えない」
「エエ!」
お豊は、それを真事《まこと》として聞かなかったが、この時、
「お豊――お豊――」
遥かに呼ぶ声は、階段の下に待たしておいた金蔵の声であります。
八
宇津木兵馬もまた、この夜、宿を出て、ただひとりこの竜神の社内へ出て来たのであります。
今日で、この地に留まること三日、まだ机竜之助の在所《ありか》がわからない。
十津川で山小舎《やまごや》が爆発した後、中にいた十人の浪士の運命は悉くきまったけれども、竜之助一人の行方だけがわかり
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