道から、こちらへ徐々《そろそろ》と下りて来る者がありました。
白衣《びゃくえ》を着ていることが闇でもよくわかるから、人間には相違ないが、暗い中を手さぐりで、ようようとこっちの方へ向いて来ます。
そうして、前の弁財天の傍《かたわら》の、ごく細い道のところまで辿《たど》って来たのを、よく見ると、手には何やら杖をついて、面は六部《ろくぶ》のような深い笠でかくし、着物は修験者が着る白衣の、それもそんなに新しいものではないこともわかります。
この人は、やっと細道を辿って来たのが、ここはやや平らになったので、杖で行手をさぐりさぐり歩みはじめました。
お豊は、この時も一心ですから、少しもこの人に気がつきませんでした。
七
歩んで来た白衣の人は、しばらく、弁財天の小祠《ほこら》の傍に棒のように突立っていました。
闇の中に白衣ですから、うすら鮮《あざ》やかというほどによくわかります。
「あれ――」
ようやくに気のついたお豊は狼狽《ろうばい》しました。
「誰かいる――」
白衣の人は、ほとんど聞えぬくらいの小さな声で呟《つぶや》きました。
してみると、今までお豊がここ
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