白かったのに怖れたようでありました。思い切って水に浸《つか》っているうちに、不思議なもので、お豊は何とも知れない心強さを感じてくるのであります――この冷たい水の中に、尤《もっと》もまだ秋のはじめで、水が苦になる時でないとはいえ、今までの怖ろしかった心が、だんだんに消えて行って、水の肌に滲《し》み込む気持が何とも言えぬ清々《すがすが》しさになってゆくのでありました。
 頭の中で、ごっちゃになっていた血の筋が、一すじずつに解けて、すんなりと下にさがって来る、いつまでもこの水につかっていたい――こんな気持になるくらいですから、頭の上の木の梢《こずえ》で怪しげな鳥が啼《な》こうとも、滝の水が横にしぶいて頭までかかろうとも、とんと気のつかないくらいにまで心が鎮まってゆきました。
 こうして後、森の中の修験者へ行って逐一《ちくいち》にその身の上を語る。雲のことを語る。そうすれば自分は生れ更《かわ》った身になれることのように思われてきました。
 その時分、この滝壺へ、また左の方のきわめて細い道、この道を伝わって行っても護摩壇へは行けるのであるが、これはここに籠る修験者のほか滅多《めった》に通わない細
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