ぎりをつけたが、まるきり芝居気《しばいっけ》で話すのではない。
「紀三井寺《きみいでら》の入相《いりあい》の鐘がゴーンと鳴る時分に、和歌浦《わかのうら》の深みへ身を投げて死んでおしまいなすった」
紀三井寺の入相の鐘の音《ね》というところに妙に節をつけて――つまり鳴物入《なりものい》りで話にまた相当の凄味《すごみ》がついた。
お豊は六助の話を、あんまり身を入れては聞いていなかったが、この時、総身《そうみ》に水をかけられるような気持になりました。
聞いていたほかの連中も、なんだかこう、少しものすごくなってくる。
「六助さん、まあ、そんな怖い話はよして、今の帯の謂《いわ》れを聞かして下さいな」
お豊は、言葉をはさんで、和歌山の大家の娘が入水《じゅすい》したという怪談を打消そうとしたのでした。
「なるほど、ではそのお嬢様の幽霊話はあとにして、清姫様の帯の謂《いわ》れ因縁《いんねん》から説き明かすことに致しましょう」
ようやく話は本問題に入るのである。
「まず――紀州|牟婁郡真砂《むろごおりまさご》の里に清次《きよつぐ》の庄司《しょうじ》という方がおありなすったと思召《おぼしめ》せ」
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