られた女の一念が鬼になったり、蛇になったり、薄情な男にとりついたり祟《たた》ったりする」
「やあ、わしらがうちでも、引っ掻いたり、噛みついたり、毎日、清姫様の祟りでとてもやりきれねえ」
 夫婦喧嘩をすることにおいて有名な駕丁《かごや》の松が茶々を入れる、一同がまたドッと笑い出す。それにもかかわらず六助は大まじめで、
「笑い事じゃない、わたしは実地に、女の怨霊《おんりょう》というものを見たからそういうのだよ」
「お化けを見たのかい、女の」
「ああ、見たよ、女のお化けを眼《ま》のあたり見届けたことがある」
「どこで見たい、聞きたいね」
「わしが、和歌山の御城下のさる御大家《ごたいけ》に御奉公している時分のこと……」
 お化けの話。浮《うわ》ついていた者が六助の面《かお》を見ると、嘘ではない、ホントにお化けを見たような面をしているので、ちょっと茶化しにくいのである。
「その御大家に一人のお嬢様がおありなすった……それはそれは、よい御容貌《ごきりょう》でな、すごいほどの美しさだ。そのお嬢様が、お年は十九の春……」
 六助は、自分で凄《すご》いような身ぶりをして、せりふ[#「せりふ」に傍点]にく
前へ 次へ
全85ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング