「なるほど」
六助の物語に拍子《ひょうし》を入れるのは、例の駕丁《かごや》の松であります。
「その庄司のお嬢様を清姫という――一説にはお嬢様ではない、まだ水々しい若い綺麗《きれい》な後家《ごけ》さんであったとも申します」
「お嬢様と後家さんでは少し違う」
「なにしろ、人皇《にんのう》第六十代|醍醐《だいご》天皇様の御世《みよ》の出来事だから、人別《にんべつ》のところに少しの狂いはあるかも知れないけれども、どっちにしても綺麗な女の方に間違いはない。さてここに、鞍馬寺《くらまでら》の山伏《やまぶし》で安珍《あんちん》というのがあった」
「安珍――清姫」
「その安珍がまた、山伏のくせにばかに好い男なのだ、そうして熊野|参詣《さんけい》の道すがら、清姫様のところで一夜の宿を借りたと思いなさい」
「それが間違いのもとだ」
「清姫様が、スッカリこの安珍殿に打込んでしまいなすった。さあ、そこが紀州女の執念で、食いついたら放すことじゃない」
「やれやれ」
「ところが、その安珍殿というのが、この上なしの野暮《やぼ》で、一向《いっこう》お感じがない、感じないわけでもあるまいが、そこは信心堅固の山伏だ、仏
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