「何でございます、その清姫様の帯と申しますのは」
 集まっていた無駄話の連中は、一斉にお豊の方を向いて、
「清姫様の帯とは何だとお聞きなさる……なるほど、お前様はこの土地ッ子では無え」
 六助はいま更《あらた》めて、お豊が他国人、ついこのごろ来た人であるかのように合点《がてん》して、
「それでこそ、そうお聞きなさるも無理はない。清姫様というのはね、それ、能狂言にある道成寺《どうじょうじ》……安珍清姫《あんちんきよひめ》というあの清姫さまでございますよ」
「ああ、そうでございますか」
 その清姫ならば、どんな他国者でも大抵《たいてい》は知っている、それはずっと昔のこと。その帯がどうしたとか、こうしたとか、それがわからないことです。
「その清姫様の帯が、どうしたのでございます」
 六助は話し好きです。今日は人足に駆り立てられて半日をつぶし、エエあとの半日もつぶしてしまえと、ここで無駄話をしているくらいですから、お豊から因縁《いんねん》を問われてみれば渡りに舟で、
「それは、こういうわけなんでございますよ」
 六助は煙管《きせる》の皿を掃除にかかった。
「ようございますか、お内儀《かみ》
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