、
「何でございます、その清姫様の帯と申しますのは」
集まっていた無駄話の連中は、一斉にお豊の方を向いて、
「清姫様の帯とは何だとお聞きなさる……なるほど、お前様はこの土地ッ子では無え」
六助はいま更《あらた》めて、お豊が他国人、ついこのごろ来た人であるかのように合点《がてん》して、
「それでこそ、そうお聞きなさるも無理はない。清姫様というのはね、それ、能狂言にある道成寺《どうじょうじ》……安珍清姫《あんちんきよひめ》というあの清姫さまでございますよ」
「ああ、そうでございますか」
その清姫ならば、どんな他国者でも大抵《たいてい》は知っている、それはずっと昔のこと。その帯がどうしたとか、こうしたとか、それがわからないことです。
「その清姫様の帯が、どうしたのでございます」
六助は話し好きです。今日は人足に駆り立てられて半日をつぶし、エエあとの半日もつぶしてしまえと、ここで無駄話をしているくらいですから、お豊から因縁《いんねん》を問われてみれば渡りに舟で、
「それは、こういうわけなんでございますよ」
六助は煙管《きせる》の皿を掃除にかかった。
「ようございますか、お内儀《かみ》
前へ
次へ
全85ページ中36ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング