さん……お前さんは江州生《ごうしゅううま》れとかおっしゃったな。江州女のことは存じませんが、この紀州の女というものは、なかなかその、執念《しゅうねん》の強いものでございますよ」
「まあ、それは怖《こわ》いことでございます」
 六助が、あまり力を入れて話すので、お豊は少し笑いかけると、
「いや、笑い事じゃござんせん、全く以て昔から今まで紀州の女は、執念深いで評判じゃ、いったん思い込むと、それ鬼になった、蛇《じゃ》になった」
 六助は額《ひたい》のところへ指を出して、蛇になった恰好《かっこう》をして見せますから、なおおかしいので、お豊は、
「ホホ、それでは紀州の娘さんは、お女房《かみ》さんには持てませんね」
「それは男の出様次第さ、なんでもかでも蛇になるというわけではございませんよ」
「そうでしょうとも、そういちいち鬼になったり蛇になったりされてはたまりませんね」
「そうとも、そうとも、みんな男の出様次第なんだよ。つまり、そのくらい執念が強いのだから、可愛がられると、また無茶苦茶に可愛がられる」
「それも危のうございますね」
「ナニ、この危ない方は、ずいぶん危なくなってもよろしいのでござい
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