人が提灯《ちょうちん》をつけて入って来て、
「今晩は、どうもはや、度々お騒がせ申してお気の毒だが、お内儀《かみ》さん、このお方のお宿をひとつ」
 後ろを顧みて老人は、
「十津川からお越しのお武家様でござります」
 お豊は愛想《あいそ》よく、
「はい、よろしゅうございますとも、どうぞこれへ」
「さあ、お武家様、どうぞこれへお入り下さいまして」
 老人が丁寧に案内すると、
「御免」
と言って入って来たのは、太刀を横たえ、陣羽織をつけた厳《いか》めしい身ごしらえですけれども、歳はまだよほど若いように見えます。
「あの、これは藤堂様の御家中《ごかちゅう》でな、どうか御粗相《ごそそう》のないように」
「見苦しいところでございまして、それにこんな山家《やまが》のことでございますから行届き兼ねまするが、どうぞごゆっくりお泊りを願いまする……お鶴や、お鶴さん」
 お豊は入って来た武士のために敷物を取ってすすめながら、女中を呼び、
「お洗足《すすぎ》を差上げ申して、それからあの、お食事を」
「いや、食事はもう済みました、湯に入れてもらい、直ぐに休むと致しましょう」
 若い武士は上《あが》り端《はな》に腰
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