しく申し渡されたものであります。ざっと見て捨てておいたのを、仕事が済んで、また取り上げて、はじめから読んでみます。
[#ここから1字下げ]
「年齢三十三四――
痩形《やせがた》の方、身の丈《たけ》尋常、
顔色蒼白く、
鼻筋通り、
眼は長く切れて……白き光あり……」
お豊はハッとしたのでありましたが、
「甲源一刀流の達人――」
[#ここで字下げ終わり]
「あ!」
 人相書を持った手が顫《ふる》えたようでしたが、さきに飛ばして読んだ名前のところへ、ひたと眼が舞いもどる。
[#ここから1字下げ]
「元新撰組――机竜之助」
[#ここで字下げ終わり]
 机竜之助……これでよかった。違う。しかし気にかかるは竜という文字……お豊の胸には急に熱鉄が流れるのでありました。
 また犬が吠えて、この家の前で足音が止まる。
 いま締めたばかりの表の戸をトントンと叩いて、
「もしもし、室町屋さん」
「はい」
 お豊は返事をする。
「済みません、夜更けになって」
 殿貝《とのがい》というこの温泉村の世話役の声でありますから、
「ただいまあけますから」
 あいにく誰もいなかったから、お豊が立って戸をあけると、殿貝老
前へ 次へ
全85ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング