腹の応《こた》えは思いやらるるのです。
「川岸まで戻ってみようか」
 眼を見合せて惨澹《さんたん》たる面《かお》の色。
「それはよせ、さいぜん鉄砲の音が聞えた。拙者の考えでは、これをずっと向うへ横に切って、紀州の日高郡をめざすが無事だと思う」
「道程《みちのり》は……」
「風屋――小森――平松――三本磯と行って、紀州日高郡の竜神へ凡そ十三里」
「その間の兵粮《ひょうろう》は……」
「さあ、それが……」
 一同は口を噤《つぐ》んで足が動かない。
「おのおの方、あれを見られよ、煙が棚引《たなび》いている」
 沈んだ声で後ろから言い出したのは、あの時以来、何をしていたか、ともかくここまで傷一つ受けずに来た机竜之助でした。
 翠微《すいび》の間《かん》に一抹《いちまつ》の煙がある――煙の下にはきっと火がある、火の近いところには人があるべきものにきまっています。
「なるほど、煙が立つ、拙者が様子を見て来よう」
 村本伊兵衛というのが出かける。
「よし、我輩《わがはい》も行こう」
 荷田《かだ》重吉がいう。村本と荷田は連れ立って、その煙の方へ行ってみます。あとの九人は、木の根と岩角《いわかど》とに
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