、また来やがったぞ、待てよ、敵か味方か、ここへひとつ隠れて様子を見てやれ」
 岩と木立の間へ惣太は素早《すばや》く身をひそませると、流れを上ってこちらへ来るのは、都合十人ほどの武士であって、その服装のいかめしいのを見ても落武者《おちむしゃ》でないことは確かです。
「宇津木氏、その机竜之助とやらは、日頃この天誅組の一味に気脈を通じていたような形跡がありましたかな」
「いや左様なことはありませぬ、聞けば江戸へ下る途中、伊賀の上野にて、これらの浪士の一行に加わり、それより吉野へ出で、いったん浪花《なにわ》へ入って、それからまた出直してこの旗上げに加わったように見えまする」
 一行の中の大将分と見えるのと話をしているのは宇津木兵馬でありました。
 藤堂の討手《うって》で藤井新八郎というのがこの大将分で、兵馬はその手に加わって、今この山奥深くたずね入り来《きた》ったのは、たしかに鷲家口から逃れた一隊の浪士の中に机竜之助がいると見定めたからであります。藤井新八郎は頷《うなず》いて、
「この山中へ追い込めばもはや袋の鼠である、いずれへ行っても紀州領、帰れば我々の追手が十重二十重《とえはたえ》、山中に
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