おど》り出でて、
「戈※[#「金+延」、第3水準1−93−16]剣戟《くわえんけんげき》を降らすこと電光の如くなり、盤石《ばんじゃく》岩をとばすこと春の雨に相同じ、然りとはいへども天帝の身には近づかで、修羅《しゅら》かれがために破らると……」
[#ここで字下げ終わり]
 大塔宮《だいとうのみや》の昔をしのぶにはちょうどよい土地である。あの時分以来、この十津川郷には南朝忠臣の霊気が残っているはずであります。

         二

 猟師の惣太は、薪《たきぎ》を取りに出るふりをしてこの小舎《こや》を逃げ出してしまいました。
 十津川の岸へ出て一散《いっさん》に北へと走《は》せ下る。
「やれやれ怖ろしいことじゃ、命拾いをしたようなもの。しかしこうなってみると、怖《こわ》いところにまた有難いことがある、あれを藤堂様なり紀州様なりに訴人《そにん》をすれば、莫大《ばくだい》な御褒美《ごほうび》にありつける、占《し》め占め」
 もう安心と思った時分に、惣太は汗を拭きながら独言《ひとりごと》を言いました。それでも足の方は休ませずに、なおも流れに沿うて急ぎ下ると忽《たちま》ち行手で人声がする。
「や
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