だ》もすっかり快《よ》くなったからね、わしはお前、こんなふうに薬売りの真似をしてね……どこへ行くものか、この界隈《かいわい》を夕方になるとぶらついて、お前の様子を見て廻っていたのだよ、どうか、お前に一目、会いたいと思ってね」
「まあ……」
「お前さんが、旅の人に助けられたことも、薬屋へ送り届けられたことも、薬屋で養生をしてもとの身体になったことも、直ぐわかりましたよ。だからわしはお前さんの家へ忍び込んで、お前さんを奪い出そうとこう思ったがね、荒っぽいことをする前に、一応お前さんに直接《じか》に会って、わしの心の丈《たけ》をよく聞いてもらった上のことにしようと、毎日毎日、お前さんをつけ覘《ねら》っていたが、お前さんはまるきり外出をなさらぬ。いよいよ今晩こそと、思い込んだ矢先、お前さんは大急ぎで二階から下りて、植田のお陣屋の方へ行きましたね、占めたとわしはあの時から、お前さんのあとをつき通しで、ここまで来たのですよ」
ああ、どこまで執念深《しゅうねんぶか》い男であろうとお豊は身慄《みぶる》いを止めることができません。
「金蔵さん、お前のお心は有難いけれども、どうぞ堪忍《かんにん》して下さ
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