い」
「お豊さん、心配しなくてもいいよ。わしはここでは、手荒いことはしませんよ、ただ今晩は、お前さんに、わしの心の丈《たけ》を聞いてもらいたいのだよ」
「金蔵さん、おたがいに、もうそんなことをよしましょう、わたしは帰ります」
「帰しません、一通り、わしのいうことを聞いてくれなければ、ここは動かせないのですよ、お豊さん……お前さんのために、わしがどれほど苦労したか、お前さんは知るまいねえ」
金蔵はオロオロ声です。金蔵は生《は》え抜きの悪党ではなく、親に甘やかされた放蕩息子《ほうとうむすこ》の上りですから、本気になって物を言う時には、お坊ちゃんらしいところがないではない。
「わしばかりではなく、わしの親たちまで、お前さんのために飛んだ苦労をしているのだよ、あの時にお豊さんが、私のところへ来てくれれば、わしも人殺しなんぞをしなくてもよかったのだよ、ねえ、お豊さん」
「…………」
「いいかえ、わしは、お豊さん、兇状持《きょうじょうもち》なのだよ、今にも役人につかまれば首を斬られてしまうのだよ、お前の伯父さんを鉄砲で撃ったのもわしだよ、鍛冶倉を殺したのもわしだよ。そんなに悪いことをするつもりは
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