なかったけれども、お前さんという者に迷い込んで、そんな悪いことをしてしまったのだよ、お前さんという人が三輪へ来なければ、わしはこれほどまでに悪い人にはならなかったのだよ」
「ほんとに済みません、わたしが来なければ、よかったのでございます……」
「あ、お豊さん、よく言ってくれた、わしはお前さんに済みませんと言われたのが嬉しい……」
 金蔵は、どうしたのか、面を伏せて沈んで涙を拭いているらしいのです。お豊は、どうにもかわいそうになって、
「金蔵さん、わたしが三輪へ来たのが悪いのですから、堪忍《かんにん》して下さい、そうしてお前さん、わたしを思い切って、早く遠い国へ立退いて下さい、女ひでりの世ではあるまいし、わたしのような者をそんなに思って下さらなくても、世間にはずいぶん立派なお方があるのですから。あなたもお若いに、男の器量ではありませんか、どうか、わたしを思い切って、お役人に見つからないうちに遠くの方へ逃げて下さい」
「あ……ありがたい……お豊さん……」
 金蔵は泣いている。
「お前さんにそういわれると、わしは思い切りたいが……お豊さん、そんなに言われれば言われるほど、思い切れなくなってし
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