まう」
「ああ、どうしましょう」
「お豊さん、お前を思い切るくらいなら、わしは死んでしまった方がよい」
「そんなことを言うものではありません」
「お前さんが、わたしの言うことを聞いてくれなければ、わしは死にます、自分で死ぬか、役人につかまるか、どのみち、わしは死んでしまうのですよ」
「それですから、早く逃げて下さい、お金が入用《いりよう》なれば、少しぐらい、どうでもして上げますから」
「お金はあるよ、家を逃げ出す時に持っていたのが、まだこの箱の中にソックリあるから、逃げようと思えば路用《ろよう》には困らないのだよ」
「そんなら、金蔵さん、ずっと遠く江戸の方へでもお逃げなさい、そうしているうちに、縁があれば、またお眼にかかりましょうから――わたしも実は江戸の方へ参ろうかと思っているところでございますよ」
「ナニ、お豊さん、お前が江戸へ行く? それはほんとかい、ほんとならば一緒に行こう、ぜひ一緒に逃げましょう」
金蔵は涙の面《かお》をやっと擡《もた》げる。お豊は言い過ぎたのを気がついて、
「けれども、わたしのは、いつのことだか知れません、お前さんのは急場《きゅうば》ですから」
「そんなこ
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