けて、
「御免」
案内もなく入り込んで来たのは、髻《もとどり》を高く結び上げて、小倉《こくら》の袴を穿いた逞《たくま》しい浪士であります。手には印籠鞘《いんろうざや》の長い刀を携《たずさ》えて、
「番頭どけ――」
竜之助の前へ※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]然《どっか》と坐って、
「初めて御意《ぎょい》得申す」
「何か用事でござるか」
「さきほどから再三、宿の人を以て申し入れる通り、我々はごらんの通りの多勢じゃ、お見受け申せば貴殿はお一人、どうかこの席を多勢の我々に譲っていただきたい」
「その儀ならばお断わり申す」
「ナニ、断わる?」
印籠鞘の武士は眼に角《かど》を立てて、
「女中や番頭どものかけ合いとは事変り、武士が頼みの一言じゃ、気をつけて挨拶を致せ」
竜之助は武士の方には取合わないで、番頭の方を見て、
「番頭殿、この気狂いを、あっちへ連れて行ってくれ」
印籠鞘は激昂《げっこう》して、
「気狂いとは何だ……気狂いとは聞捨てならん」
「まあまあ、そこのところをひとつ――どうかそういうわけでございますから旦那様、多勢《たぜい》に無勢《ぶぜい》でどうもはや、どうか
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