ます」
「さいぜんから、この隣室を明けておもらい申すように再三申しつけたところ、なんでそのように取計らわぬ」
「恐れ入りましてございます、では手前からもう一応」
 番頭は非常に恐縮して、すぐその足で竜之助のところへやって来ました。
「御免を願いまする――」
「何用じゃ」
「どうも、混雑致しまして、行届き兼ねまする。時にお客様――甚だ申し兼ねた儀でござりまするが、このお部屋は、ちと喧《やかま》しゅうござりますので、どうか、あちらへお引移りを願いたいものでござりまして……」
「いや、ここでよろしい、かえって賑かでよい」
「へえ……」
 番頭は思わず頭に手を置いた。
「それに致しましても、隣室の衆が、お気の荒いお方のように見えますから、もし間違いでもありましては……」
「いや、心配することはない」
「でも、もしやお間違いが出来ますると、あなた様のみならず手前共まで迷惑致しますから、どうぞお引移りを」
「こちらが黙って控えておれば間違いの起る筋《すじ》もなかろう、心配するな」
「でもござりましょうが……」
「ここでよろしいと申すに」
 番頭は困《こう》じ果てた。この時、隔ての襖を荒っぽく引きあ
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