いじんげうとん》を候《うかが》ふ、
嗟哉《ああ》、士風なほ薄夫《はくふ》をして敦《とん》ならしむ、
寛永の俗、いま誰と論ぜん。
[#ここで字下げ終わり]
 詩は吟じ終って暫らくのあいだ静かである。それにしても、もう立退き命令が来そうなものじゃと、隣室《となり》の竜之助は心待ちにもなるが、なかなか来ない。
 ちょっと、隔ての襖を細目にあけた者があったようだが、あけて直ぐに立て切り、
「まだいるわ、隣りに男が一人いる」
 あけた男は、やや小声であったけれど竜之助にはよく聞える。
「まだいるか、女中め、なんとも言わん」
 ハタハタと手が鳴る。
「お召しになりましたか」
 忙《せわ》しげにやって来た女。
「これこれ女、ナゼさいぜん申しつけた通り、隣室へ申し入れん」
「はい、どうも相済みませぬ、つい忙しいものでございましたから」
「早速、申し入れろ」
「はい、ただいま……」
 女中は、すぐに来るかと思うと、すぐには来ないでいったん下の座敷へ行ってしまったらしい。竜之助は袴でも取ろうかと思っているところへ、
「御免あそばせ」
 例の女中が入って来て、
「旦那様、風呂をお召しになりましては」
「まだ
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