の曲者《くせもの》に立ち向ったが、肝腎《かんじん》の主人の刀を持った金輪勇は、肝《きも》を潰《つぶ》してやみくもに逃げてしまう。
 兇漢のうちの一人、すぐれて長い刀を持ったのが、吉村をほかの二人に任せて、姉小路少将をめがけて一文字に斬りかかる。
 抜き合わすべき刀は金輪が持って逃げてしまった。
「小癪《こしゃく》な!」
 姉小路少将は、持っていた中啓《ちゅうけい》で受け止めたけれども、それは何の効《ききめ》もない、横鬢《よこびん》を一太刀なぐられて血は満面に迸《ほとばし》る。二の太刀は胸を横に、充分にやられた。それでも豪気の少将は屈しなかった。
「慮外者《りょがいもの》めが!」
 兇漢の手元を押えて、その刀を奪い取ってしまった。その勢いの烈しさにさすがの刺客《しかく》が、刀を取り返そうともせず、鞘までも落したままで一目散《いちもくさん》に逃げてしまった。
 吉村に向った二人も、つづいて逃げ去ってしまった。
 姉小路少将は重傷《おもで》に屈せず、奪った刀を杖について、吉村に介抱されながら邸へ戻って来たが、玄関に上りかけて、
「無念!」
と一声言ったきりで倒れて息が絶えた。生年僅か二十八歳
前へ 次へ
全115ページ中81ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング