もっと詳《つまび》らかにそのことを聞いてみたいがと思っていると、階下《した》から数多くの人の足音。
「やあ、遅《おそ》なわり申した」
「これは、諸君」
刀の鞘《さや》、袴《はかま》の裾の音がものものしい。聞いてみると、それは雑多の声で、九州弁もあれば土佐弁もある。この地の藩の人ではない――近ごろ流行《はや》る浪人者である、と竜之助は直ぐに感づきました。
今の次の間の話――田中新兵衛が何者を斬ったかというのはこうである。
これより先、五月の二十一日に、京都|朔平門外《さくへいもんがい》、猿ヶ辻というところで、姉小路少将公知《あねこうじしょうしょうきんとも》という若い公卿《くげ》さんが斬られた。
少将がその日の夕方、吉村右京、金輪勇という二人の家来をつれ、提灯持《ちょうちんもち》を先に立てて、御所を出でて猿ヶ辻のところまで来た。
御所へ水を入れるところの堰《せき》の蔭から、物をも言わず跳《おど》り出でた三人の男がある。大業物《おおわざもの》を手にして、面《かお》も身体《からだ》も真黒で包んでいた。
「すわ!」
吉村右京は血気盛んの壮者《わかもの》であったから、素手《すで》でこ
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