ことし五十幾つの老夫婦のほかに、郡山《こおりやま》の親戚から養子を一人迎えて、あとは男女十余人の召使のみで賑《にぎや》かなような寂しい暮しをしております。
子というものを持たぬ丹後守は、客を愛すること一通りでない、いかなる客であっても、訪ねて来る者に一宿一飯を断わったことがない――それらの客と会って話をするというよりは、その話を聞くことが楽しみなのである。
客の口から、国々の風土人情、一芸一能の話に耳を傾けて、時々|会心《かいしん》の笑《えみ》を洩《も》らす丹後守の面《かお》には聖人のような貴《とうと》さを見ることもあります。けれども、ただ客を延《ひ》いては話を聞くだけで、丹後守自身には何もこれと自慢めいた話はない。
人の言うところには、丹後守は、弓馬刀槍《きゅうばとうそう》の武芸に精通し、和漢内外の書物を読みつくし、その上、近頃は阿蘭陀《オランダ》の学問を調べていると。なるほど、丹後守は幼少からこの邸を離れたことがなく、ほとんど終日、書斎に籠りがちで、祖先以来伝えられた和漢の書物と、自分が買い入れた書物とは、蔵《くら》にも室にも山をなしているのであるから、一日に五冊を読むとして
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