《わらじせん》を持たして体《てい》よく追っ払うが関の山、まかり間違えば、浮浪人として突き出される。
 いったん竜之助は通り過ごして若宮の方へ行き、また引返したが、別に妙案とてあるべきはずがない。
「頼む――」
 思いきって、そのまま玄関からおとなう。
「どーれ」
 十八九の青年が現われて来て、竜之助を見る、その物腰《ものごし》が武術家仕込みらしく、竜之助の風采《ふうさい》に多少の怪しみの色はあっても侮《あなど》りの気色《けしき》が乏しいから、
「御主人は御在宅か。拙者は仔細《しさい》あって姓名はここに申し難《がた》けれど、京都をのがれて、旅に悩む者。御高名をお慕い申して……」
「心得てござる、暫時《ざんじ》これにお控え下さい」
 青年の呑込《のみこ》みぶりは頼もしい。竜之助はしばらく待っていると青年は再び現われて、
「いざ、お通り下され、ただいま洗足《せんそく》を差上げるでござりましょう」
 案ずるより産《う》むが安い。さすがの竜之助もその心置きなき主人の気質がしのばれて、この時ばかりは涙のこぼれるほど嬉《うれ》しかった。

         四

 植田丹後守には子というものがない、
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